けんぞーのショートショート

けんぞー作のショートショートを掲載します

花火

窓の外で打ち上げ花火の音が聞こえた

健四郎は手に持った缶ビールを卓袱台に置き、窓を開けてどこで花火が上がっているのか確認したが、何も見えなかった。ただ打ち上げ音だけが空気を震わせ鼓膜へと届いた

「残念。何も見えんやん」

健四郎は窓を閉め、胡座をかいて缶ビールを一口飲んだ

最後に打ち上げ花火を見たのはいつだったか。健四郎は記憶を手繰り寄せた

「そうだ、最後に打ち上げ花火を見たのは中学生のときだったな」

脳みその中で生まれた言葉が口から吐き出された

あの時は健四郎も人並みに友達がいたものだが、高校へと進学して以来、齢三十になる現在までずっとひとりぼっちだ。男一人で花火大会なんて行く気にもなれず、十五年以上花火を見たことがない

健四郎は畳の上に無造作に置かれた鞄からスマートフォンを取り出し、LINEのアプリを起ち上げた

SNSには全く縁がなかったが、行きつけのソープランドの女の子がいつでも連絡を取れるようにとアプリをダウンロードしてくれた。LINEに登録してあるアカウントはその娘のものだけだ

何度か食事に誘うメッセージを送った。都合のいい日にちを後で連絡するね。いつもそう返事が返ってきた。しかしその都合のいい日にちとやらを教えてもらうことはなかった

でもつい彼女に会いたくなって決して安いとはいえない金を払って彼女に会いに行っていまう。店で会う彼女はLINEでのやり取りはなかったかのようにけろっとしている

それを咎めることもできず、帰り際にまた食事に誘う。彼女はまた都合のいい日にちをLINEするねと言う。ずっとその繰り返しだ

『元気??久々に会いたいんだけど』

健四郎は慣れないフリック入力で少し時間を掛けながらメッセージを送った。するとすぐに既読がついて返信があった

『けんちゃん、お疲れ様❤今週は出勤しないから、来週ならOKだよ』

健四郎はすかさず返信した

『よかったら今度花火でも見に行かない?お店で会うとかじゃなくて、普通に最初は友人としてでもいいから、そういう形で接していきたいと思ってるんだけど』

これは本音だった。もう何度も通ってるし、ソープ嬢とその客という関係から脱したいと思っていた

『そうか、残念だね…。そういうことなら仕方ないね。それじゃ、元気でね。また何かあったら連絡してね』

絵文字も付いてないそっけない文面が返ってきた

「やっぱりそうだよな…」

健四郎はLINEのアプリを削除して、そのまま打ち上げ花火の鈍い音に耳をすませた

ボク ノ カノジョ ハ アイドル

ソウカ公園の中にある噴水の前で僕らは待ち合わせた。時間は午後1時すこし前。少し早く着いたようだ。カノジョはまだ到着していないらしい

しばらく待っていると

「お待たせ。来てくれてありがとう」

僕の目の前に一人の女の子が現れた

冬のこの時期らしく、白いコートに、チェックのロングスカート、そしてマフラーにもふもふの耳あて。ちょっと丸顔で幼さが残る顔をしていて、黒髪のショートボブがよく似合う

こうやって待ち合わせてデートをするなんて夢のようだ。その相手が、僕の推しメンならなおさら

 

すこし前のことだ。ナツハバラ発のアイドルグループ『JPガールズ』の新曲のリリイベ。購入者特典はいまはもう当たり前になった握手券だ。地下アイドル時代から応援し続けていたが、いまは武道館を埋めるほどの売れっ子アイドルとなってしまった

ぼくは推しのカノンのブースに並んでいた。昔はそう並ばずとも握手ができたが、今はもうカノジョのファンでいっぱい。センターではないが、人気はうなぎのぼりのようだ

僕の順番が回ってきた

「あー、たっくん!来てくれたんだぁ、うれしい!」

ちなみにたっくんとは僕のことだ。卓也だからたっくん

「も、も、もちろん会いに来たよ。そ、そ、それにしてもす、すごい人だね」僕は吃りながら答えた

「来てくれてありがとう。私うれしい」

僕の言葉は目の前のカノンに通じたようだ

最近は昔のようにライブ会場で毎週会うことができなくなってしまった。今日の握手会はお互い久々の顔合わせだ

「新曲、よ、よかったよ」

「ほんと?ありがとう。私も大好きな曲なんだよ」

「さ、最近前みたいに会えないけど、お、お、応援してるよ」

「ホントそうだよね。私もファンのみんなに会えなくなっちゃって寂しいんだよ」

すると、さっきまで目を合わせて話していたのに、突然カノンは目を伏せた。そして僕の右手を両手でギュッっと握った。そうだな、話してる暇ないよなとカノジョが握手を急かしてるのだと思った。しかし、手の中には人の手とは違う何かの感触があった

そのまま手を離すとカノンは何かを訴えるような目で僕を見つめた。何があったのか訊こうとしたその時、係員により終了の時間を告げられてしまった

リリイベ会場を後にして僕は手の中にあるそれに目をやった。メモ用紙をちぎったような紙が折りたたまれていた。開いてみると『明日の午後1時、ソウカ公園の噴水の前で待ってて』

僕はこれから始まるであろうカノンとの物語に胸を弾ませた

公園で無事に会うことができた僕とカノンは少し歩きながら話した

「き、き、今日はさ、寒いね」

「そうだね。見て、息が真っ白」

カノンは、はぁっと息を吐いた

「で、でも、いいの、こんなことして」

「こんなことって?」

「だ、だから、その、こうやって二人で歩いて」

「たっくん、私と一緒にいたくないの?」

「い、いや、そんなことはないよ」

「じゃぁ、いいじゃん。今日はいっぱいお話しよ」

コミュ障ですこし吃りながら話す僕の言葉を目の前のカノンは全て認識して、満面の笑みで言葉を返してくれた。まるで恋人のようだ。こんなにもたくさん女の子と話すのは初めてだ

5分ほど歩いたところでカノンが足を止めた

「ここ。可愛いでしょ。前から来たかったんだ」

目の前にはおしゃれなカフェ。僕一人なら決して来ないような店だ

中に入ってウェイターに案内されるままに席につき、カノンは紅茶とパンケーキを注文した。僕はなにを頼めばいいか分からなかったので、カノンと同じものを注文した。ウエイターに僕の言葉は届いたのだろうか。そそくさと行ってしまった。

しばらくすると紅茶とパンケーキがテーブルに運ばれてきた。カノンはナイフとフォークを上手に使いパンケーキを頬張った。そして「ん~」とかわいい声ともいえない声を出し美味さを表現した。ぼくは改めてカノンの可愛さに心を奪われてしまった

パンケーキを食べながら、カノンはたくさんの話をしてくれた。レッスンが辛いこと、思った通りのパフォーマンスを発揮できないこと、そんな時はいつも僕の顔が浮かんでくること、僕は嬉しくなった。こんなにもカノジョが僕のことを想っていてくれたなんて

小一時間ほどたっただろうか。食べ終わり店を出ると、僕らはもと来た道をとぼとぼと歩いた

ふとカノジョが腕を絡ませてきた

「今日は楽しかった。来てくれないんじゃないかと思ったよ。ねぇ迷惑じゃなかった?」

「そ、そんなことないよ。ぼ、僕も楽しかった」

僕は心からそう答えた

気づくと待ち合わせ場所のソウカ公園だった。公園には誰もいない

「あのね、聞いて欲しいことがあるんだ。わたしね、たっくんのことが好き。私と付き合ってくれませんか」

僕は興奮の絶頂に達した

「だ、だめだよ、僕なんかじゃ…」

「わたしもこと嫌い?」

「き、嫌いじゃないよ。大好きだよ!」

「じゃぁ、わたしと付き合ってくれますか」

ぼくは心臓が飛び出そうになるのを必死に堪えて、こくりと頷いた

その動作を合図にしたかのように、カノジョは目を瞑って唇を突き出した

僕が興奮と緊張がない交ぜになった感情を抱えながら、顔が徐々にカノンの顔に近づいたその時、目の前が真っ暗になった

「な、な、なんなんだよ一体!せ、せ、せっかく良いところだったのに!!」

僕は両手を掲げて、頭に装着しているヘッドマウントディスプレイを外した。ゲーム機本体のアダプタがコンセントから抜けている

「なんだよ、もう!」

僕はアダプタを挿し直し、ゲーム機の電源を入れ、再度ヘッドマウントディスプレイを装着した。起動音と共に目の前には『JPガールズ 妄想ヴァーチャルデート』のポップでカラフルな文字が踊った

電脳裁判の誤謬

「今年1月にS県S市で起きた強盗殺人事件で、一昨日逮捕された田中守容疑者が、5年前のS県T市で起きた強盗殺人事件への関与を仄めかす証言をしていることが分かりました」

朝のワイドショーで女子アナが強盗犯逮捕のニュースをカメラ目線で伝えている。まるで私に向かって読み聞かせているようだ

画面が犯行現場と思われる民家の映像に切り替わる

「今年1月、S県S市に住む佐藤幸三郎さん宅に押し入り現金15万円を奪った上、佐藤さんを包丁で刺して死亡させた事件で、警察は近所の防犯カメラの映像から田中守容疑者を重要参考人として任意同行を求めていました。その後佐藤容疑者が犯行を認める供述をしたため緊急逮捕となりました」

一息ついた女子アナは再び原稿を読み始めた。画面はいつの間にか容疑者の顔写真になっている。どうやら卒業アルバムの写真らしい。坊主頭の男の顔が映し出された。こういったものは一体どこで手に入れるのだろうか

「なお、佐藤容疑者は5年前に起きたS県T市の強盗殺人事件にも関与したことを仄めかしている様子で警察は慎重に取り調べを進めています」

普段はバラエティではしゃいでいるタレント司会者がカメラから目線を外しレポーターの名前を呼んだ

「藤木さん、5年前の事件というのはどういった事件なんですか」

大きなモニターの横に立つ男性リポーターがテレビ画面に現れた。モニターには既に今回の事件の概要が映し出されている

「その前に今回の事件をおさらいしてみましょう」

藤木リポーターは今回の事件の概要を説明した後、5年前の事件について話し始めた。モニターには既に5年前の事件の概要が映し出されていた

「5年前の事件とは、S県T市で起こった強盗殺人事件です。犯人は窃盗目的で侵入した民家で金品を物色中に鉢合わせた住人山田悠太郎さん、妻の幸子さん、そして幼い子ども二人を殺害、その後逃走した事件ですが、当時証券会社の営業マンだったIさんが被害者宅に出入りしていたという目撃証言と、凶器となった山田さん宅にあったトロフィーから指紋が検出されたことから、警察はIさんを逮捕したました。このIさんは終始事件への関与を否定していましたが、事件のあった時間にアリバイがなかったこともあり起訴され、電脳裁判で死刑が確定しました」

この事件のことは忘れもしない。当時は逮捕されただけで名前と顔を晒し容疑者呼ばわりしていたのに、いまじゃイニシャルに”さん”づけして放送している

ここで、タレント司会者がコメンテーターに話を振った

「さて小林さん、ここまでの話を聞いてみてどうですか」

画面には禿頭のメガネを掛けた中年の男性が映し出された。テロップの肩書には法学者とある

「はい。この5年前の事件ですが、実は日本で初めてAIが判決を下した事件なんですね。2030年の司法改革で裁判は全てAIが執り行うことになりましたが、その第一号裁判がこの事件なんです」

「初めての電脳裁判で死刑判決が出たと当時世間を騒がせましたね。そもそも、なんで日本はAIが裁判を行うようになったんですか」

「日本の刑事裁判では、これまでの判決を元に相場を決めて判決を出していました。つまり事件の内容がどれだけ残虐な行為であったとしても被害者が一人の場合は死刑にできないなどです。2000年台前半にあまりにも裁判の内容が国民感情と乖離しているということで満を持して裁判員裁判を始めましたが、結局これも裁判官が裁判員を相場の範囲内で量刑を決めるように促したり、被告が控訴して二審で量刑が軽くなったりと、これでは裁判員裁判の意味がなく一審はただの茶番だと非難が出ました」

機械的に判決を出すだけならAIが裁判をしてもいいじゃないかということですね。にしてもですね、今回の事件をきっかけにAIが冤罪を生み出した可能性があるということですが、そんなことってあり得るんですかね」

タレント司会者は再度疑問を投げかけた

「あり得ますね」

「あり得る?それはなぜですか」

「AIがなにを元に判決を下しているか。これは過去の裁判の記録を学習してそれを元に判決を下しています。AIが行う裁判、いわゆる電脳裁判が始まる前の刑事裁判の有罪率はなんと99%です。容疑者として逮捕され起訴されればほぼ100%の確率で有罪になってしまいます。当時は警察が自白の強要を迫り、それに耐えられなかった無実の人が罪を認めたり、起訴するにあたり不利になりそうな証拠は隠蔽したりと違法な手段で捜査や取り調べが行われてきた事件もあります。裁判官もそれを見抜けず有罪判決を出しています。したがって誤ったデータを元に判決を出している以上、AIが冤罪を生み出すことは十分有りえます」

「小林さん、今後AIが冤罪を生み出すことを防ぐ手立てはありますか」

「電脳裁判になってから三審制度がなくなりましたから、被告が意義を申し出た場合、AIが下した判決が正しかったのかを確認する機関が必要かと思います」

「ありがとうございました」

タレント司会者はコメンテーターに頭を下げた

ここで女子アナが次のニュースの原稿を読み始めた。なんでも都内の動物園でパンダの赤ちゃんが生まれたらしい

 私はテレビを消し、仏壇まで歩み寄ると遺影に向かって手を合わせた。閉じた瞼から一粒の涙がこぼれた

取り残されたこの世界で

「キャー!!」

「何やってんだ!」

「大丈夫か!?」

夕刻の暗くなり始めた空の下。ショッピングモールの駐車場で悲鳴と怒号が飛び交った

 ボンネットを凹ませた軽自動車が自動車専用通路で立ち往生し、その先には頭から血を流した中年の男が倒れていた。車から降りた運転手の若い男は呆然とした様子で倒れた男の背中を見ている

 野次馬の誰かが呼んだのだろうか、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。しばらくしてパトカー、救急車の順で到着した

倒れた男は担架に乗せられそのまま救急車で運び出された。一方運転手は警察から事故の詳細を確認されている。本人と目撃者の証言から、スマートフォンを操作しながら運転していたことが判明し、その場で逮捕された

 

 ショッピングモールの駐車場に軽自動車を駐め健三は車外に出た

夕方のショッピングモールは学校帰りの学生や仕事帰りのOL、それから専業主婦でごった返している

入り口からほど近い駐車スペースはほぼ埋められ、健三は仕方なく数百メートル離れたところに駐めざるを得なかった

四月ももうすぐ終わり、すぐに夏の暑さが到来しそうな予感がするが、まだまだこの時間に触れる空気は心地よかった

自動ドアをくぐり数秒歩くと目当ての店が見えてきた

ファストファッションブランドでは日本一有名と言っても過言でもないその服屋を、健三はいつも利用している

健三はその服屋に足を踏み入れた。予め買うものは決まっている

夕方が過ごしやすくなったとは言え、昼間は夏日のように暑くなっていた。家の近所に咲いていた桜もいつの間にか葉桜になっている

もうそろそろロンTで過ごすには限界だと思い、今日は夏物のTシャツを買いに来たのだ

ざっと店の中を見回すと、税込み1,000円ほどのTシャツを手に取った

金額も安くこれで十分だ。適当に選んだTシャツを3枚手に取りレジへと向かった

ちょうど空いていたレジがあったので、健三はそこへ商品を持って行った

「いらっしゃいませ」

カウンターを隔てた向こうにいる女性店員は、ニッコリと笑顔を浮かべながら健三を迎えた。歳は二十歳前後といったところか。丸顔に黒髪のショートヘアがよく似合う

バーコードをスキャンし終わった店員は笑顔を浮かべながら訊いた

スマートフォンのアプリはご利用ですか」

健三は反射的に「いいえ」と答えた

「失礼しました。それではお会計は3,240円になります」

健三は財布の中から3,300円を出し店員に渡した

健三から金を受け取った店員はそれをレジで精算するまえに訊いた

「よろしければアプリをご利用になりませんか」

隙きを突いたような質問。普段ならそのようなことは訊かれないのだが、健三は虚を突かれた気分がしながらも応えた

「いや、僕はスマホを持っていないので」

その時、ふいに女性店員の顔を見てみると、非常に驚き、まるで指名手配犯を見るか、いや人ではない化物でも見つけたかのような表情をしてみせた

 「おいおい、そんな顔しなくてもいいじゃないか。スマホ持ってないことがそんなにいけないのか」

健三は低い声で、それでも怒りがこもっていることが分かるようなトーンで言い放った。バカにされたような侮辱されたようなそんな不快な気持ちになったからだ

「す、すいません。そういうわけでは…」

謝罪の言葉を述べながらその女店員は震えながらレジ操作をした。健三の思わぬ言葉に畏怖している

レジに3,300円と金額をうち、お釣りの60円を渡そうとするとも、震えた手から小銭がこぼれ落ちた

「おいおい、そんなにスマホ持っていないのが珍しかったのか。まるで化物でも見たような顔をしてたな。僕はね、スマホなんて嫌いなんだよ。いいだろう持っていなくても」

「そ、そうですね。本当に申し訳ございません」

涙目になりながら女店員は謝っている

その様子に他の店員や客が何事かとジロジロと視線を飛ばしてきた

「お客様、どうなさいましたか」

この店の責任者だろうか。齢30代と思われる男性がレジカウンターの向こうに現れた

「いやね、この店員さんがスマホを持っていない僕のことをさも人じゃないものでも見るような眼で見ていたから、スマホ持っていないのがそんなにおかしいかいと問いただしていたところさ。失礼だと思わないか」

「左様でございますか。誠に申しわけございません。今後このようなことがないよう社員にはしっかり言い聞かせますので、今回のところはお許しいただけないでしょうか」

「おいおい、僕はね、この大衆の面前で恥をかかされたんだぜ。この程度で納得すると…」

すると後ろからぐいっと肩を掴まれた。振り向くと白髪交じりの初老の男性がいた

「君、いい加減にしなさい。他に待っている客もいるんだから」

健三は注意されたことに慄き、商品を手に取りカウンターから去った

店から出る間際、出口に一番近いレジで、若い男性店員が齢70は超えているだろう老人に向かって、アプリは入れているかと訊いていた

あんな年寄りがスマホなんて持ってるわけないじゃないか。マニュアル通りの接客しかできねぇのか

心のなかで悪態をつきながらその様子を見ていると、その老客はスマートフォンを取り出し、モニターを指でなぞり、読取機の前に翳した

 健三はその様子を眺めながら、寂寞感が襲って来るのを感じた

 

健三はその足で、同じショッピングモール内にある携帯ショップに足を運んだ。さっそくディスプレイされている見本を見てみるも、どれがいいのか分からない

健三は近くにいた店員に声を掛け、スマホを買いたいがどれがいいのか分からないという話をした

 この店員もまた女性で、茶髪のロングヘアが似合うなかなかの美人だった

iPhoneはいかがですか。一番売れてますよ」

機械に疎い健三だがiPhoneという単語は耳にしたことがあった。値段を見てみと8万円近くする、それに32Gとか64Gとか謎の数字が大きくなるごとに値段も高くなっている

「この32Gとか64Gとかいう数字は何だ?」

「これはデータを保存できる容量です。写真などをたくさん保存されるなら容量は大きい方が良いですよ」

写真など撮る機会はないだろうと結局値段が安い32GのiPhoneにした

カウンターに案内されると、同じ携帯会社の携帯だったので、そのまま機種変更という手続きに入った。iPhoneは24ヶ月かけて分割払いができるらしく、これなら高くても大丈夫だと安心した

Apple IDはお持ちですか」

「いや、そんなものは持っていない。そもそもそのアップルなんちゃらというのは何だ?」

Apple IDがないとアプリをダウンロードしたりできないので、お帰りになられましたら、この説明書を読んでお作り下さい」

なにを言ってるのかさっぱり分からなかったが、さっきの爺さんもこれを理解したのかと思うと悔しくて、そのまま首肯してしまった

 

ショッピングモールを出て、車専用通路に引かれた横断歩道を渡ろうとした。帰ったら説明書を読まなければならないのかと今更ながら面倒な気持ちになったが、なんだか気分が高揚していた。帰りに服屋の店員に「スマホ買ったぞ!」と見せつけてやろうかと思ったくらいだ。あの店員はきっと驚くだろうと妄想しながら歩いていた

横断歩道の真ん中辺りまで歩いただろうか、身体の右側になにかが物凄い勢いぶつかって、健三はそのままふっ飛ばされた

目の前にはひび割れたスマートフォンが落ちていたがそれを拾うこともできず健三は目を閉じた

人間らしく生きることが向いていない人間だっているさ

目の前を黒いセダンがスピードを上げて走り去って行った。その後には老婆が倒れており、横断歩道の白線が赤く染まっている

わたしはゆっくりと老婆の亡骸に向かって歩いた

わたしが近づいてきたことに気付いたのか、亡骸となった自分の肉体をじっと見ていた老婆の魂が振り返った

「お迎えに上がりました」

老婆は何を言っているのか判らないというように、キョトンとした表情をした

わたしは、自分が死神であること、老婆が死んでしまったこと、これからわたしの案内で天界へ行くことを淡々と説明した

老婆は穏やかな表情になり、納得したというようにわたしについて行くと言った

死神の仕事は亡くなった人の魂を天界へ無事に送り届けることだ。天界へ行った魂は現世で生きた記録を抹消される。そしてまた次の生を受けるまで長い時間待たなければならない

わたしが老婆の魂を連れて天界へ行こうとすると後ろから男の声が聞こえた

「なんで、僕じゃないだろう」

振り返ると小太りでメガネ、上下スウェットを着た男がのそっと立っていた。わたしの姿は人間には見えていないはずだが、その目は自分を連れて行けと言わんばかりにわたしを睨めつけているように見えた

 

 天界に帰り、溜まっていた事務仕事をこなす。天界の死神もほとんど人間と同じような仕事をしているのだ

一段落するかと思った思った時、ポケットの中の端末が鳴った。取り出してみると、業務命令の通達が届いていた

端末を操作して詳しく確認してみると、一週間後一人の男性の魂を天界へ案内するようにとのことだった。そこには、対象者の氏名、生年月日、居住地、死亡する日時、死因などが詳細に記されている

居住地が先程の轢き逃げの現場と近い。添付してある対象者の写真を見た途端に驚いた。そこに映っていたのはさきほどの小太りの男だったからだ

 

「ルイちゃん、なーに見てんの?」

モニターを見つめるわたしに声を掛ける男。振り向かなくても誰だかわかるその飄々とした声色に苛つきながら答えた。ちなみにルイとはわたしの名前だ

「別に。明日お迎えに行く人間のことを観察していたのよ」

通達が来てから六日。暇があれば彼の生活を天界から覗くようになった

「仕事熱心だねぇ。で、どんな人間??」

天界への案内人という仕事は極めて高尚な仕事なのだが、どうしてこんなチャラチャラした喋り方のやつがこの仕事に就いているのか理解できない。そんなチャラい死神アベルにわたしは親切に説明してやる

「先週おばあちゃんの魂を天界まで連れて来たんだけど、その時に現場で見かけた男」

「おばあちゃんって、君が連れてきたのは八十五歳だっただろ?五〇〇年生きている君のほうがおばぁちゃ…」

わたしは振り返り、拳をポキポキと鳴らしながら「殺すわよ」と呟いた

「冗談だよ。冗談」

ベリーショートの金髪に細い眉、整った鼻筋と少し垂れた目。ファッション誌に出てきそうなイケメンだがわたしは苦手だ

「で、この子豚くんはどんな感じの奴なの?」

「大学を出てからずっと家にいるみたい。無職ってやつかな。友達も恋人もいないみたいだし。一緒に住んでる家族ともあまり口を利かないのよね」

わたしは一通り彼の経歴を調べていた

「で、こいつのどこがそんなに気になるわけ?」

「この人ね、現場で言ったの。どうして、僕じゃないんだろうって」

今でもそのシーンは脳裏に焼きついている

「死にたいんでしょ」

「だったら自殺すればいいじゃない」

「死にたいけど、自殺する度胸はない。人間にはよく見られることじゃないか」

「そういうもんなのかしら。さっきからずっと天井見てるし、なにを考えてるのかさっぱり分からない」

「あぁ、女とヤりてぇなぁって考えてんだよ」

アベルはいたずらっぽく笑った

「あんた、いい加減にしないとセクハラで訴えるわよ」

怒りを込めた視線を送ろうとした時、彼の携帯電話が鳴った

「もしもーし。あっミヤビちゃん。どうしたー?俺に会いたくなっちゃった??」

電話に出ると彼は浮ついた声を上げながらどこかに行ってしまった。変な男

 

翌日もまたわたしは彼の様子を見るためにモニターに集中していた。そして昨日と同じ声が背後から聞こえた

「まーだ、見てんの?ルイちゃんその男に惚れたんじゃないの」

相変わらず飄々とした浮ついた声だ

「さっき、死んだわ」

「そう。どうだった、彼の死に様は?」

アベルの声のトーンが低くなった

「就寝中の心臓麻痺だから、苦しまずに死ねたみたいよ」

「そっか。まぁ彼は死にたがってたみたいだし、苦しまずにその願望が叶ったんだから本望なんじゃないの」

「ホント、彼の人生って何だったのかしらね。友達もいない、恋人もいない、仕事もしていない、それでいてずっと鬱屈した気持ちを抱えて凄く辛そうだったわ」

「ルイちゃんは死神のくせに人間臭いことを言うね」

アベルは鼻で笑った

「なにがおかしいのよ」

アベルがいつになく真剣な眼差しでこちらを向き、低いトーンのまま話し始めた

「人生に意味なんてないんだよ。人間もそして俺ら死神にもな。人間は意味のないものに意味を与えたがる生き物だ。だから生き辛くなるんだよ。子豚くんだって考えすぎたんじゃないか。たくさんのことを考えすぎて疲れちゃったんだよ」

「でも、自分が死んだ後になにも残らないのって悲しくないの」

「別に。何も残らない生き方もアリだろ。仕事と一緒だよ。人間らしく生きることが向いていない人間だっているさ」

「なんか、よく分かんないけどそういうもんなのかしらね。にしてもいつになくマジじゃない」

アベルは顔を真っ赤にしている。照れているのだ。そして照れながらいつもの浮ついたトーンの声で言った

「マジじゃないよ。たまには違う一面を見せてみるのもいいかなと思ったんだよ。演技だよ。演技。惚れたでしょ」

「惚れるか、バカ」

わたしはさっとアベルの横を通り過ぎ安らかに死んだ男の魂を迎えに行った

ディストピア

日が暮れ始めた午後5時30分、俺は憂鬱な気分を抱えながら会社の扉を開いた。扉横のカードリーダーに社員証を翳して、さらにカメラを覗き込んで虹彩認証をしなければならない。入社した頃が面倒くせぇと思っていたが、いまは当たり前になってなんとも思わない

午後5時30分とは随分遅い出勤じゃないかと思っただろ?ここはアンドロイドの販売・リースおよびそれの保守をしている会社で、俺は保守を担当している専門の技術者だ。技術者は24時間いつでも顧客の元に駆けつけられるように交代制の勤務となっている

更衣室で作業着に着替え、マイカップにコーヒーを注いで席についた

「巻島」

後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると保守課課長の遠山さんがいた。40代だと聞いているが、髪もふさふさで真っ黒、肌つやもいいので30代と言われても信じてしまいそうだ

「はい、なんですか」

「修理の依頼が来てるから行ってくれないか」

「いいですよ。場所と修理対象はなんですか?」

「場所はF市上洲のユートピアさんだ。修理対象は001AのERINA。詳細はカスタマーセンターから保守課宛にDMが来てるから確認してくれ」

上洲とは気が進まないと思いながらも俺は返事をした

「分かりました。確認してすぐに向かいます」

「頼んだぞ。それじゃお疲れ」

「お疲れ様でした」

机の引き出しの鍵を開け中からタブレット端末を取り出した。起ち上げて社内のシステムにログインする。するとコールセンターから数件保守課宛にDMが届いていた

目的のDMはすぐに見つかった。受付時間は午後5時29分。おれが到着する直前だ

依頼主はユートピアの店長、久野さんからだった。何度か保守点検の際に顔を合わせている。腰が低くて人当たりのいいおじさんだ

内容に目を通すとどうやらアンドロイドの右の股関節が故障したらしい。型式はSEX001A、管理番号はSB4001、品名ERINA。納品日は2034年3月。ちょうど一年前か

型式から分かるようにこのアンドロイドはセックス用アンドロイドだ。通称ラブロイド。そしてユートピアとはラブロイドが性的サービスを提供してくれる風俗店だ

2017年にバルセロナで欧州初のラブドールが接客をする売春宿が誕生。それを機に、日本でもラブドールとのSEXを売りにする店が徐々に認知度を上げていった。そして2020年にはセックス用ロボットが市場に出回り始めることになる

当時は皮膚をシリコンで再現しAIもさほど発達していなかったため、リアリティもなく客の満足度は非常に低かったようだ。おれも当時のセックスロボットを会社の倉庫で見たことがあるが、まるでおもちゃの人形だった。しかし、そこからのテクノロジーの進歩は凄まじかった

再生医療の技術を応用し、人間の細胞からラブロイドの皮膚や体毛を作り出した。そしてそれが抜群のリアリティを生んだ。開発当初は倫理的に問題があるのではないかと世論が紛糾したらしいが、生命を生み出すわけではなかったのでいつの間にか徐々に受け入れられていった。あとはカーボンで出来た骨組みに皮膚を纏わせ、仕上げに特殊な防腐剤をコーティングすればラブロイド一体が完成する。

当然搭載するAIも進化していった。人と同じように会話をするし表情もある。当然性技もプログラムしてあり、客の要望に応じて臨機応変に対応する

それだけじゃない。気持ちよければ喘ぐし女性器も濡れる。逆に痛かったりするとやんわりと痛いことを仄めかす。人間の風俗嬢と変わらない出来栄えだ。ちなみにアンドロイドを制御するコンピュータは人間同様頭の中に搭載し、身体への命令は電気信号で伝えられる。そして常にクラウドを介してデータのやり取りをしながら搭載されたコンピュータは進化をする

これらの技術はラブロイドに限らず、全てのアンドロイドに利用されており、搭載されているコンピュータと身体の機能は、そのアンドロイドが担う役割に応じて異なる

DMを読み終えた俺は、タブレット端末からERINAの管理画面にアクセスした。ラブロイドはアンドロイド管理用アプリで管理する。電源の入り切りもこのアプリを使って行うし、異常があればアラートを出して教えてくれる

画面を確認してみると確かに右の股関節部分に異常があるとアラートが出ている。画面には全裸のERINAが映し出されており、異常箇所が赤く点滅している

管理画面を見ながら俺はユートピアに電話を掛けた。するとワンコールで繋がり若い男の声がした

「お電話ありがとうございます。ユートピアでございます」

「もしもし。私、株式会社アンドロイド工房の巻島と申します。本日カスタマーセンターにラブロイド の修理を依頼されたとのことですが、久野様はお手すきでしょうか」

「少々お待ち下さい」

すると保留音が流れる間もなく久野店長が出た。どうやらすぐ側にいたらしい

「はい、久野でございます。お世話になっております」

「こちらこそお世話になっております。早速ですが、ERINAが故障したとお伺いしたのですが」

「えぇ、充電器まで歩いて戻ってくる際にどうも歩き方がおかしかったので端末で確認してみたところ、右の股関節に異常があるというアラートが出まして。もしかするとお客さんが無茶な使い方をされたのではないかと」

当然、店側も端末からラブロイドの管理画面が確認できるようになっている

「こちらでも異常は確認いたしました。すぐにお伺いしてもよろしいですか」

「ええ、もちろんです。よろしくお願いします」

再度すぐに向かうと伝えて電話を切った俺は、冷たくなったコーヒーを一気飲みして社用車が停めてある駐車場へと向かった

 

10分ほど車を走らせた。空は徐々に暗くなってきたが、街中は徐々に煌々としてきた。おれは上洲と呼ばれる繁華街のコインパーキングに車を停め、車中から工具一式と折り畳まれた車椅子を取り出し、ユートピアへと向かった

なんで車椅子が必要かって?それはERINAを運ぶためだ。ラブロイドの重量は50kg前後。動かなくなった50kgのラブロイドを軽々と持ち運べるほど俺はマッチョじゃない

徒歩5分ほどで上洲ビルと呼ばれるビルに着いた。ここの5階にユートピアは店を構えている。俺の格好を見て遊びに来ているわけではないことが分かるからか、客引きから声を掛けられることはない

エレベーターで5階まで上がるとすぐ目の前に扉がある。そのそばには『60分5,000円~』の派手な看板が立てられている。アンドロイド相手にセックスして5,000円か。安いのか高いのか分からん

セックス用アンドロイドが普及したのは当然理由がある。ひとつはクオリティの高さ。見た目もコミュ力も人間のそれと変わらないなら、アンドロイドを採用するのは当然だ。一体数百万円はする代物だが、給料も払わなくていいし、バッテリーが切れる寸前まで何時間でも働かせることができる。それに人間の女の子だとメンタル面含め様々なことに気を遣わないといけないが、そんな煩わしさからも解放される

また、人間の風俗嬢が客とセックスをしてしまうと売春防止法違反で摘発されるが、ロボットの場合それが適用されないので安心して性サービスの提供ができる。まさに一石二鳥なのだ

俺が扉を開くとボーイのいらっしゃいませの声が聞こえた

「お世話になっております。私、アンドロイド工房から参りました巻島と申します。久野様いらっしゃいますか」

ERINAの修理の件ですよね。少々お待ち下さい」

するとボーイはどこか電話をし始めた。金髪だがやんちゃな雰囲気はない。年齢は20代半ばと言ったところか。俺と大して変わらない感じだ

「はい、はい。分かりました」

電話を切った金髪のボーイは、こちらを向いた

「すぐにこちらへ向かうとのことです。少々お待ち下さい」

「分かりました」

5分もしないうちに店の奥から久野店長は現れた

「ご無沙汰してます巻島さん。わざわざご足労頂いてありがとうございます」

「こちらこそご無沙汰しております。早速ですがERINAはどこに」

「えぇ、ではこちらにどうぞ」

俺は店長に案内されてラブロイドが保管されている待機所へと向かった

待機所の扉を開けると数台のラブロイドが充電器に座らされていた。ラブロイドはマッサージチェアのような椅子に腰掛けることで充電が可能なのだ。もちろん無線。これから抱く女にプラグを挿す穴があったら萎えるだろ?

「こちらです」

店長は扉から一番近い充電器に鎮座しているラブロイドを手で示した。電源は切られたままで、全裸で座らされている。どんなに間近で見ても人間の容姿とほぼ変わらない。髪は栗色のショートカット。身長も155cmほどしかない。丸顔がとても幼く見える。しかしその反面胸は大きく、Eカップのラブロイドだ。一体どれほどの人がこれをSEX用のアンドロイドだと見抜けるだろうか

まず店長に手伝ってもらいERINAを床に仰向けにして置いた。右腿の付け根あたりを触ってみる。女の柔肌に触ってる実感があるだけで異常が分からない。次に右足を横に広げてみると90度以上近く広がった。おそらく関節部分のパーツが外れているのか破損しているのかのどちらかだろう。店長が言うとおり客の無茶な扱いにパーツが耐えられなかったのかもしれない

ERINA自身に事情聴取ができればいいのだが、生憎そこまでのコミュ力は持ち合わせていない。ラブロイドに搭載されているのは風俗嬢として必要なコミュ力と性技だけ。客のプライバシー保護のためにレコーダー機能も搭載されていない

確かにラブロイド相手に無茶なプレイをする客はたまにいる。俺が知る限り、ラブドールの女性器に頭を突っ込んだ馬鹿な客がいて、そいつのせいで下半身のパーツを総取っ替えしたこともある。さすがにそれはあまりに悪質だとして器物損壊事案として被害届を出し犯人は逮捕されたがな

「股関節のパーツが外れているか破損しているようです。どちらにしろこちらでは修理できませんので、引き取って修理になると思います」

「時間はどれくらいかかるのでしょうか」

店長は不安気な顔で尋ねてきた

「そうですね。股関節の修理自体はそんなにかかりません。ただ皮膚の修復には少々お時間を頂くことになると思いますので、3日ほどお待ちいただくことになると思います」

股関節の修理自体は大したことではない。ラブロイドの皮膚を切って中から壊れたパーツを取り出して新しいのと交換するだけだ。問題は切った皮膚の方。縫うと傷跡が目立つためその部分の細胞を活性化させて自己修復させる必要がある

「よろしければ明日代替機をお持ちしますが如何いたしますか」

「そうですね、それではよろしくお願い致します。できればERINAと同じような容姿のものをご用意して頂きたいのですが」

「かしこまりました。それでは明日の午前中に代替機を届けさせます」

「よろしくお願い致します」

店長は恭しく頭を下げた

 

店長の手を借りてERINAを車椅子に座らせ、その上から黒い厚手の布を被せた。ラブロイドとは言え全裸で運ぶのはさすがにマズい

店長と金髪のボーイに見送られながら店を出てエレベータで降りた。表に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。腕時計型の端末を見ると時刻は午後七時になろうとしている

来た時はさほどいなかった客引きも徐々に姿を現した。条例で禁止されているにも関わらず、熱心に道行くサラリーマンに声を掛けている。そして道を彩るが如く若い女たちも積極的に声を掛けている。彼女たちは客引きじゃない。いや、ある意味客引きか。彼女たちは自分を買ってくれる客を探してる

2020年以降、AIや商業用ロボットの普及に伴い、多くの人々は働く場を奪われた。失業率も年々増加傾向していて今じゃ10%だ。ベーシックインカムの導入も検討されたが、財政難を理由に未だに実現していない

ラブロイドが普及する前、風俗は貧困女性のセーフティネット的な役割を果たしていたが、今じゃほとんどの店がラブロイドの風俗店に変わっている。行き場を失くした女たちが毎日歩道に立ち、買ってくれる男を探している

俺はできるだけ立ってる女たちと目を合わせないように歩いた。すると目の前に一人の女が飛び出してきた

「あ、あの、ホテル代別で5,000円でどうですか」

まず目についたのはボロボロに傷んだスニーカー、そこから視線を上げ女の顔を見た。手入れが行き届いていないだろうボサボサのセミロングの黒髪、化粧っ気のない顔、頬は痩せこけている

5,000円。ラブロイドが一時間で稼ぐ金額でこの女も自分の性を売る。性の価格競争の相手がアンドロイドなんて、この世界はもう色んなところがぶっ壊れているんじゃないか。俺はここへ来る度にそう思う

「ごめん。急いでるから」

俺は彼女と目を合わせないように横を通り過ぎた

「バカヤロー!私たちはただ生きたいだけなんだよ!!それなのにそんな人形なんかのせいで私たちは…」

俺は彼女の叫びが耳に届かぬよう歩く速度を上げ、逃げるように駐車場へと向かった