けんぞーのショートショート

けんぞー作のショートショートを掲載します

ディストピア

日が暮れ始めた午後5時30分、俺は憂鬱な気分を抱えながら会社の扉を開いた。扉横のカードリーダーに社員証を翳して、さらにカメラを覗き込んで虹彩認証をしなければならない。入社した頃が面倒くせぇと思っていたが、いまは当たり前になってなんとも思わない

午後5時30分とは随分遅い出勤じゃないかと思っただろ?ここはアンドロイドの販売・リースおよびそれの保守をしている会社で、俺は保守を担当している専門の技術者だ。技術者は24時間いつでも顧客の元に駆けつけられるように交代制の勤務となっている

更衣室で作業着に着替え、マイカップにコーヒーを注いで席についた

「巻島」

後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると保守課課長の遠山さんがいた。40代だと聞いているが、髪もふさふさで真っ黒、肌つやもいいので30代と言われても信じてしまいそうだ

「はい、なんですか」

「修理の依頼が来てるから行ってくれないか」

「いいですよ。場所と修理対象はなんですか?」

「場所はF市上洲のユートピアさんだ。修理対象は001AのERINA。詳細はカスタマーセンターから保守課宛にDMが来てるから確認してくれ」

上洲とは気が進まないと思いながらも俺は返事をした

「分かりました。確認してすぐに向かいます」

「頼んだぞ。それじゃお疲れ」

「お疲れ様でした」

机の引き出しの鍵を開け中からタブレット端末を取り出した。起ち上げて社内のシステムにログインする。するとコールセンターから数件保守課宛にDMが届いていた

目的のDMはすぐに見つかった。受付時間は午後5時29分。おれが到着する直前だ

依頼主はユートピアの店長、久野さんからだった。何度か保守点検の際に顔を合わせている。腰が低くて人当たりのいいおじさんだ

内容に目を通すとどうやらアンドロイドの右の股関節が故障したらしい。型式はSEX001A、管理番号はSB4001、品名ERINA。納品日は2034年3月。ちょうど一年前か

型式から分かるようにこのアンドロイドはセックス用アンドロイドだ。通称ラブロイド。そしてユートピアとはラブロイドが性的サービスを提供してくれる風俗店だ

2017年にバルセロナで欧州初のラブドールが接客をする売春宿が誕生。それを機に、日本でもラブドールとのSEXを売りにする店が徐々に認知度を上げていった。そして2020年にはセックス用ロボットが市場に出回り始めることになる

当時は皮膚をシリコンで再現しAIもさほど発達していなかったため、リアリティもなく客の満足度は非常に低かったようだ。おれも当時のセックスロボットを会社の倉庫で見たことがあるが、まるでおもちゃの人形だった。しかし、そこからのテクノロジーの進歩は凄まじかった

再生医療の技術を応用し、人間の細胞からラブロイドの皮膚や体毛を作り出した。そしてそれが抜群のリアリティを生んだ。開発当初は倫理的に問題があるのではないかと世論が紛糾したらしいが、生命を生み出すわけではなかったのでいつの間にか徐々に受け入れられていった。あとはカーボンで出来た骨組みに皮膚を纏わせ、仕上げに特殊な防腐剤をコーティングすればラブロイド一体が完成する。

当然搭載するAIも進化していった。人と同じように会話をするし表情もある。当然性技もプログラムしてあり、客の要望に応じて臨機応変に対応する

それだけじゃない。気持ちよければ喘ぐし女性器も濡れる。逆に痛かったりするとやんわりと痛いことを仄めかす。人間の風俗嬢と変わらない出来栄えだ。ちなみにアンドロイドを制御するコンピュータは人間同様頭の中に搭載し、身体への命令は電気信号で伝えられる。そして常にクラウドを介してデータのやり取りをしながら搭載されたコンピュータは進化をする

これらの技術はラブロイドに限らず、全てのアンドロイドに利用されており、搭載されているコンピュータと身体の機能は、そのアンドロイドが担う役割に応じて異なる

DMを読み終えた俺は、タブレット端末からERINAの管理画面にアクセスした。ラブロイドはアンドロイド管理用アプリで管理する。電源の入り切りもこのアプリを使って行うし、異常があればアラートを出して教えてくれる

画面を確認してみると確かに右の股関節部分に異常があるとアラートが出ている。画面には全裸のERINAが映し出されており、異常箇所が赤く点滅している

管理画面を見ながら俺はユートピアに電話を掛けた。するとワンコールで繋がり若い男の声がした

「お電話ありがとうございます。ユートピアでございます」

「もしもし。私、株式会社アンドロイド工房の巻島と申します。本日カスタマーセンターにラブロイド の修理を依頼されたとのことですが、久野様はお手すきでしょうか」

「少々お待ち下さい」

すると保留音が流れる間もなく久野店長が出た。どうやらすぐ側にいたらしい

「はい、久野でございます。お世話になっております」

「こちらこそお世話になっております。早速ですが、ERINAが故障したとお伺いしたのですが」

「えぇ、充電器まで歩いて戻ってくる際にどうも歩き方がおかしかったので端末で確認してみたところ、右の股関節に異常があるというアラートが出まして。もしかするとお客さんが無茶な使い方をされたのではないかと」

当然、店側も端末からラブロイドの管理画面が確認できるようになっている

「こちらでも異常は確認いたしました。すぐにお伺いしてもよろしいですか」

「ええ、もちろんです。よろしくお願いします」

再度すぐに向かうと伝えて電話を切った俺は、冷たくなったコーヒーを一気飲みして社用車が停めてある駐車場へと向かった

 

10分ほど車を走らせた。空は徐々に暗くなってきたが、街中は徐々に煌々としてきた。おれは上洲と呼ばれる繁華街のコインパーキングに車を停め、車中から工具一式と折り畳まれた車椅子を取り出し、ユートピアへと向かった

なんで車椅子が必要かって?それはERINAを運ぶためだ。ラブロイドの重量は50kg前後。動かなくなった50kgのラブロイドを軽々と持ち運べるほど俺はマッチョじゃない

徒歩5分ほどで上洲ビルと呼ばれるビルに着いた。ここの5階にユートピアは店を構えている。俺の格好を見て遊びに来ているわけではないことが分かるからか、客引きから声を掛けられることはない

エレベーターで5階まで上がるとすぐ目の前に扉がある。そのそばには『60分5,000円~』の派手な看板が立てられている。アンドロイド相手にセックスして5,000円か。安いのか高いのか分からん

セックス用アンドロイドが普及したのは当然理由がある。ひとつはクオリティの高さ。見た目もコミュ力も人間のそれと変わらないなら、アンドロイドを採用するのは当然だ。一体数百万円はする代物だが、給料も払わなくていいし、バッテリーが切れる寸前まで何時間でも働かせることができる。それに人間の女の子だとメンタル面含め様々なことに気を遣わないといけないが、そんな煩わしさからも解放される

また、人間の風俗嬢が客とセックスをしてしまうと売春防止法違反で摘発されるが、ロボットの場合それが適用されないので安心して性サービスの提供ができる。まさに一石二鳥なのだ

俺が扉を開くとボーイのいらっしゃいませの声が聞こえた

「お世話になっております。私、アンドロイド工房から参りました巻島と申します。久野様いらっしゃいますか」

ERINAの修理の件ですよね。少々お待ち下さい」

するとボーイはどこか電話をし始めた。金髪だがやんちゃな雰囲気はない。年齢は20代半ばと言ったところか。俺と大して変わらない感じだ

「はい、はい。分かりました」

電話を切った金髪のボーイは、こちらを向いた

「すぐにこちらへ向かうとのことです。少々お待ち下さい」

「分かりました」

5分もしないうちに店の奥から久野店長は現れた

「ご無沙汰してます巻島さん。わざわざご足労頂いてありがとうございます」

「こちらこそご無沙汰しております。早速ですがERINAはどこに」

「えぇ、ではこちらにどうぞ」

俺は店長に案内されてラブロイドが保管されている待機所へと向かった

待機所の扉を開けると数台のラブロイドが充電器に座らされていた。ラブロイドはマッサージチェアのような椅子に腰掛けることで充電が可能なのだ。もちろん無線。これから抱く女にプラグを挿す穴があったら萎えるだろ?

「こちらです」

店長は扉から一番近い充電器に鎮座しているラブロイドを手で示した。電源は切られたままで、全裸で座らされている。どんなに間近で見ても人間の容姿とほぼ変わらない。髪は栗色のショートカット。身長も155cmほどしかない。丸顔がとても幼く見える。しかしその反面胸は大きく、Eカップのラブロイドだ。一体どれほどの人がこれをSEX用のアンドロイドだと見抜けるだろうか

まず店長に手伝ってもらいERINAを床に仰向けにして置いた。右腿の付け根あたりを触ってみる。女の柔肌に触ってる実感があるだけで異常が分からない。次に右足を横に広げてみると90度以上近く広がった。おそらく関節部分のパーツが外れているのか破損しているのかのどちらかだろう。店長が言うとおり客の無茶な扱いにパーツが耐えられなかったのかもしれない

ERINA自身に事情聴取ができればいいのだが、生憎そこまでのコミュ力は持ち合わせていない。ラブロイドに搭載されているのは風俗嬢として必要なコミュ力と性技だけ。客のプライバシー保護のためにレコーダー機能も搭載されていない

確かにラブロイド相手に無茶なプレイをする客はたまにいる。俺が知る限り、ラブドールの女性器に頭を突っ込んだ馬鹿な客がいて、そいつのせいで下半身のパーツを総取っ替えしたこともある。さすがにそれはあまりに悪質だとして器物損壊事案として被害届を出し犯人は逮捕されたがな

「股関節のパーツが外れているか破損しているようです。どちらにしろこちらでは修理できませんので、引き取って修理になると思います」

「時間はどれくらいかかるのでしょうか」

店長は不安気な顔で尋ねてきた

「そうですね。股関節の修理自体はそんなにかかりません。ただ皮膚の修復には少々お時間を頂くことになると思いますので、3日ほどお待ちいただくことになると思います」

股関節の修理自体は大したことではない。ラブロイドの皮膚を切って中から壊れたパーツを取り出して新しいのと交換するだけだ。問題は切った皮膚の方。縫うと傷跡が目立つためその部分の細胞を活性化させて自己修復させる必要がある

「よろしければ明日代替機をお持ちしますが如何いたしますか」

「そうですね、それではよろしくお願い致します。できればERINAと同じような容姿のものをご用意して頂きたいのですが」

「かしこまりました。それでは明日の午前中に代替機を届けさせます」

「よろしくお願い致します」

店長は恭しく頭を下げた

 

店長の手を借りてERINAを車椅子に座らせ、その上から黒い厚手の布を被せた。ラブロイドとは言え全裸で運ぶのはさすがにマズい

店長と金髪のボーイに見送られながら店を出てエレベータで降りた。表に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。腕時計型の端末を見ると時刻は午後七時になろうとしている

来た時はさほどいなかった客引きも徐々に姿を現した。条例で禁止されているにも関わらず、熱心に道行くサラリーマンに声を掛けている。そして道を彩るが如く若い女たちも積極的に声を掛けている。彼女たちは客引きじゃない。いや、ある意味客引きか。彼女たちは自分を買ってくれる客を探してる

2020年以降、AIや商業用ロボットの普及に伴い、多くの人々は働く場を奪われた。失業率も年々増加傾向していて今じゃ10%だ。ベーシックインカムの導入も検討されたが、財政難を理由に未だに実現していない

ラブロイドが普及する前、風俗は貧困女性のセーフティネット的な役割を果たしていたが、今じゃほとんどの店がラブロイドの風俗店に変わっている。行き場を失くした女たちが毎日歩道に立ち、買ってくれる男を探している

俺はできるだけ立ってる女たちと目を合わせないように歩いた。すると目の前に一人の女が飛び出してきた

「あ、あの、ホテル代別で5,000円でどうですか」

まず目についたのはボロボロに傷んだスニーカー、そこから視線を上げ女の顔を見た。手入れが行き届いていないだろうボサボサのセミロングの黒髪、化粧っ気のない顔、頬は痩せこけている

5,000円。ラブロイドが一時間で稼ぐ金額でこの女も自分の性を売る。性の価格競争の相手がアンドロイドなんて、この世界はもう色んなところがぶっ壊れているんじゃないか。俺はここへ来る度にそう思う

「ごめん。急いでるから」

俺は彼女と目を合わせないように横を通り過ぎた

「バカヤロー!私たちはただ生きたいだけなんだよ!!それなのにそんな人形なんかのせいで私たちは…」

俺は彼女の叫びが耳に届かぬよう歩く速度を上げ、逃げるように駐車場へと向かった