けんぞーのショートショート

けんぞー作のショートショートを掲載します

人間らしく生きることが向いていない人間だっているさ

目の前を黒いセダンがスピードを上げて走り去って行った。その後には老婆が倒れており、横断歩道の白線が赤く染まっている

わたしはゆっくりと老婆の亡骸に向かって歩いた

わたしが近づいてきたことに気付いたのか、亡骸となった自分の肉体をじっと見ていた老婆の魂が振り返った

「お迎えに上がりました」

老婆は何を言っているのか判らないというように、キョトンとした表情をした

わたしは、自分が死神であること、老婆が死んでしまったこと、これからわたしの案内で天界へ行くことを淡々と説明した

老婆は穏やかな表情になり、納得したというようにわたしについて行くと言った

死神の仕事は亡くなった人の魂を天界へ無事に送り届けることだ。天界へ行った魂は現世で生きた記録を抹消される。そしてまた次の生を受けるまで長い時間待たなければならない

わたしが老婆の魂を連れて天界へ行こうとすると後ろから男の声が聞こえた

「なんで、僕じゃないだろう」

振り返ると小太りでメガネ、上下スウェットを着た男がのそっと立っていた。わたしの姿は人間には見えていないはずだが、その目は自分を連れて行けと言わんばかりにわたしを睨めつけているように見えた

 

 天界に帰り、溜まっていた事務仕事をこなす。天界の死神もほとんど人間と同じような仕事をしているのだ

一段落するかと思った思った時、ポケットの中の端末が鳴った。取り出してみると、業務命令の通達が届いていた

端末を操作して詳しく確認してみると、一週間後一人の男性の魂を天界へ案内するようにとのことだった。そこには、対象者の氏名、生年月日、居住地、死亡する日時、死因などが詳細に記されている

居住地が先程の轢き逃げの現場と近い。添付してある対象者の写真を見た途端に驚いた。そこに映っていたのはさきほどの小太りの男だったからだ

 

「ルイちゃん、なーに見てんの?」

モニターを見つめるわたしに声を掛ける男。振り向かなくても誰だかわかるその飄々とした声色に苛つきながら答えた。ちなみにルイとはわたしの名前だ

「別に。明日お迎えに行く人間のことを観察していたのよ」

通達が来てから六日。暇があれば彼の生活を天界から覗くようになった

「仕事熱心だねぇ。で、どんな人間??」

天界への案内人という仕事は極めて高尚な仕事なのだが、どうしてこんなチャラチャラした喋り方のやつがこの仕事に就いているのか理解できない。そんなチャラい死神アベルにわたしは親切に説明してやる

「先週おばあちゃんの魂を天界まで連れて来たんだけど、その時に現場で見かけた男」

「おばあちゃんって、君が連れてきたのは八十五歳だっただろ?五〇〇年生きている君のほうがおばぁちゃ…」

わたしは振り返り、拳をポキポキと鳴らしながら「殺すわよ」と呟いた

「冗談だよ。冗談」

ベリーショートの金髪に細い眉、整った鼻筋と少し垂れた目。ファッション誌に出てきそうなイケメンだがわたしは苦手だ

「で、この子豚くんはどんな感じの奴なの?」

「大学を出てからずっと家にいるみたい。無職ってやつかな。友達も恋人もいないみたいだし。一緒に住んでる家族ともあまり口を利かないのよね」

わたしは一通り彼の経歴を調べていた

「で、こいつのどこがそんなに気になるわけ?」

「この人ね、現場で言ったの。どうして、僕じゃないんだろうって」

今でもそのシーンは脳裏に焼きついている

「死にたいんでしょ」

「だったら自殺すればいいじゃない」

「死にたいけど、自殺する度胸はない。人間にはよく見られることじゃないか」

「そういうもんなのかしら。さっきからずっと天井見てるし、なにを考えてるのかさっぱり分からない」

「あぁ、女とヤりてぇなぁって考えてんだよ」

アベルはいたずらっぽく笑った

「あんた、いい加減にしないとセクハラで訴えるわよ」

怒りを込めた視線を送ろうとした時、彼の携帯電話が鳴った

「もしもーし。あっミヤビちゃん。どうしたー?俺に会いたくなっちゃった??」

電話に出ると彼は浮ついた声を上げながらどこかに行ってしまった。変な男

 

翌日もまたわたしは彼の様子を見るためにモニターに集中していた。そして昨日と同じ声が背後から聞こえた

「まーだ、見てんの?ルイちゃんその男に惚れたんじゃないの」

相変わらず飄々とした浮ついた声だ

「さっき、死んだわ」

「そう。どうだった、彼の死に様は?」

アベルの声のトーンが低くなった

「就寝中の心臓麻痺だから、苦しまずに死ねたみたいよ」

「そっか。まぁ彼は死にたがってたみたいだし、苦しまずにその願望が叶ったんだから本望なんじゃないの」

「ホント、彼の人生って何だったのかしらね。友達もいない、恋人もいない、仕事もしていない、それでいてずっと鬱屈した気持ちを抱えて凄く辛そうだったわ」

「ルイちゃんは死神のくせに人間臭いことを言うね」

アベルは鼻で笑った

「なにがおかしいのよ」

アベルがいつになく真剣な眼差しでこちらを向き、低いトーンのまま話し始めた

「人生に意味なんてないんだよ。人間もそして俺ら死神にもな。人間は意味のないものに意味を与えたがる生き物だ。だから生き辛くなるんだよ。子豚くんだって考えすぎたんじゃないか。たくさんのことを考えすぎて疲れちゃったんだよ」

「でも、自分が死んだ後になにも残らないのって悲しくないの」

「別に。何も残らない生き方もアリだろ。仕事と一緒だよ。人間らしく生きることが向いていない人間だっているさ」

「なんか、よく分かんないけどそういうもんなのかしらね。にしてもいつになくマジじゃない」

アベルは顔を真っ赤にしている。照れているのだ。そして照れながらいつもの浮ついたトーンの声で言った

「マジじゃないよ。たまには違う一面を見せてみるのもいいかなと思ったんだよ。演技だよ。演技。惚れたでしょ」

「惚れるか、バカ」

わたしはさっとアベルの横を通り過ぎ安らかに死んだ男の魂を迎えに行った