けんぞーのショートショート

けんぞー作のショートショートを掲載します

取り残されたこの世界で

「キャー!!」

「何やってんだ!」

「大丈夫か!?」

夕刻の暗くなり始めた空の下。ショッピングモールの駐車場で悲鳴と怒号が飛び交った

 ボンネットを凹ませた軽自動車が自動車専用通路で立ち往生し、その先には頭から血を流した中年の男が倒れていた。車から降りた運転手の若い男は呆然とした様子で倒れた男の背中を見ている

 野次馬の誰かが呼んだのだろうか、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。しばらくしてパトカー、救急車の順で到着した

倒れた男は担架に乗せられそのまま救急車で運び出された。一方運転手は警察から事故の詳細を確認されている。本人と目撃者の証言から、スマートフォンを操作しながら運転していたことが判明し、その場で逮捕された

 

 ショッピングモールの駐車場に軽自動車を駐め健三は車外に出た

夕方のショッピングモールは学校帰りの学生や仕事帰りのOL、それから専業主婦でごった返している

入り口からほど近い駐車スペースはほぼ埋められ、健三は仕方なく数百メートル離れたところに駐めざるを得なかった

四月ももうすぐ終わり、すぐに夏の暑さが到来しそうな予感がするが、まだまだこの時間に触れる空気は心地よかった

自動ドアをくぐり数秒歩くと目当ての店が見えてきた

ファストファッションブランドでは日本一有名と言っても過言でもないその服屋を、健三はいつも利用している

健三はその服屋に足を踏み入れた。予め買うものは決まっている

夕方が過ごしやすくなったとは言え、昼間は夏日のように暑くなっていた。家の近所に咲いていた桜もいつの間にか葉桜になっている

もうそろそろロンTで過ごすには限界だと思い、今日は夏物のTシャツを買いに来たのだ

ざっと店の中を見回すと、税込み1,000円ほどのTシャツを手に取った

金額も安くこれで十分だ。適当に選んだTシャツを3枚手に取りレジへと向かった

ちょうど空いていたレジがあったので、健三はそこへ商品を持って行った

「いらっしゃいませ」

カウンターを隔てた向こうにいる女性店員は、ニッコリと笑顔を浮かべながら健三を迎えた。歳は二十歳前後といったところか。丸顔に黒髪のショートヘアがよく似合う

バーコードをスキャンし終わった店員は笑顔を浮かべながら訊いた

スマートフォンのアプリはご利用ですか」

健三は反射的に「いいえ」と答えた

「失礼しました。それではお会計は3,240円になります」

健三は財布の中から3,300円を出し店員に渡した

健三から金を受け取った店員はそれをレジで精算するまえに訊いた

「よろしければアプリをご利用になりませんか」

隙きを突いたような質問。普段ならそのようなことは訊かれないのだが、健三は虚を突かれた気分がしながらも応えた

「いや、僕はスマホを持っていないので」

その時、ふいに女性店員の顔を見てみると、非常に驚き、まるで指名手配犯を見るか、いや人ではない化物でも見つけたかのような表情をしてみせた

 「おいおい、そんな顔しなくてもいいじゃないか。スマホ持ってないことがそんなにいけないのか」

健三は低い声で、それでも怒りがこもっていることが分かるようなトーンで言い放った。バカにされたような侮辱されたようなそんな不快な気持ちになったからだ

「す、すいません。そういうわけでは…」

謝罪の言葉を述べながらその女店員は震えながらレジ操作をした。健三の思わぬ言葉に畏怖している

レジに3,300円と金額をうち、お釣りの60円を渡そうとするとも、震えた手から小銭がこぼれ落ちた

「おいおい、そんなにスマホ持っていないのが珍しかったのか。まるで化物でも見たような顔をしてたな。僕はね、スマホなんて嫌いなんだよ。いいだろう持っていなくても」

「そ、そうですね。本当に申し訳ございません」

涙目になりながら女店員は謝っている

その様子に他の店員や客が何事かとジロジロと視線を飛ばしてきた

「お客様、どうなさいましたか」

この店の責任者だろうか。齢30代と思われる男性がレジカウンターの向こうに現れた

「いやね、この店員さんがスマホを持っていない僕のことをさも人じゃないものでも見るような眼で見ていたから、スマホ持っていないのがそんなにおかしいかいと問いただしていたところさ。失礼だと思わないか」

「左様でございますか。誠に申しわけございません。今後このようなことがないよう社員にはしっかり言い聞かせますので、今回のところはお許しいただけないでしょうか」

「おいおい、僕はね、この大衆の面前で恥をかかされたんだぜ。この程度で納得すると…」

すると後ろからぐいっと肩を掴まれた。振り向くと白髪交じりの初老の男性がいた

「君、いい加減にしなさい。他に待っている客もいるんだから」

健三は注意されたことに慄き、商品を手に取りカウンターから去った

店から出る間際、出口に一番近いレジで、若い男性店員が齢70は超えているだろう老人に向かって、アプリは入れているかと訊いていた

あんな年寄りがスマホなんて持ってるわけないじゃないか。マニュアル通りの接客しかできねぇのか

心のなかで悪態をつきながらその様子を見ていると、その老客はスマートフォンを取り出し、モニターを指でなぞり、読取機の前に翳した

 健三はその様子を眺めながら、寂寞感が襲って来るのを感じた

 

健三はその足で、同じショッピングモール内にある携帯ショップに足を運んだ。さっそくディスプレイされている見本を見てみるも、どれがいいのか分からない

健三は近くにいた店員に声を掛け、スマホを買いたいがどれがいいのか分からないという話をした

 この店員もまた女性で、茶髪のロングヘアが似合うなかなかの美人だった

iPhoneはいかがですか。一番売れてますよ」

機械に疎い健三だがiPhoneという単語は耳にしたことがあった。値段を見てみと8万円近くする、それに32Gとか64Gとか謎の数字が大きくなるごとに値段も高くなっている

「この32Gとか64Gとかいう数字は何だ?」

「これはデータを保存できる容量です。写真などをたくさん保存されるなら容量は大きい方が良いですよ」

写真など撮る機会はないだろうと結局値段が安い32GのiPhoneにした

カウンターに案内されると、同じ携帯会社の携帯だったので、そのまま機種変更という手続きに入った。iPhoneは24ヶ月かけて分割払いができるらしく、これなら高くても大丈夫だと安心した

Apple IDはお持ちですか」

「いや、そんなものは持っていない。そもそもそのアップルなんちゃらというのは何だ?」

Apple IDがないとアプリをダウンロードしたりできないので、お帰りになられましたら、この説明書を読んでお作り下さい」

なにを言ってるのかさっぱり分からなかったが、さっきの爺さんもこれを理解したのかと思うと悔しくて、そのまま首肯してしまった

 

ショッピングモールを出て、車専用通路に引かれた横断歩道を渡ろうとした。帰ったら説明書を読まなければならないのかと今更ながら面倒な気持ちになったが、なんだか気分が高揚していた。帰りに服屋の店員に「スマホ買ったぞ!」と見せつけてやろうかと思ったくらいだ。あの店員はきっと驚くだろうと妄想しながら歩いていた

横断歩道の真ん中辺りまで歩いただろうか、身体の右側になにかが物凄い勢いぶつかって、健三はそのままふっ飛ばされた

目の前にはひび割れたスマートフォンが落ちていたがそれを拾うこともできず健三は目を閉じた