けんぞーのショートショート

けんぞー作のショートショートを掲載します

電脳裁判の誤謬

「今年1月にS県S市で起きた強盗殺人事件で、一昨日逮捕された田中守容疑者が、5年前のS県T市で起きた強盗殺人事件への関与を仄めかす証言をしていることが分かりました」

朝のワイドショーで女子アナが強盗犯逮捕のニュースをカメラ目線で伝えている。まるで私に向かって読み聞かせているようだ

画面が犯行現場と思われる民家の映像に切り替わる

「今年1月、S県S市に住む佐藤幸三郎さん宅に押し入り現金15万円を奪った上、佐藤さんを包丁で刺して死亡させた事件で、警察は近所の防犯カメラの映像から田中守容疑者を重要参考人として任意同行を求めていました。その後佐藤容疑者が犯行を認める供述をしたため緊急逮捕となりました」

一息ついた女子アナは再び原稿を読み始めた。画面はいつの間にか容疑者の顔写真になっている。どうやら卒業アルバムの写真らしい。坊主頭の男の顔が映し出された。こういったものは一体どこで手に入れるのだろうか

「なお、佐藤容疑者は5年前に起きたS県T市の強盗殺人事件にも関与したことを仄めかしている様子で警察は慎重に取り調べを進めています」

普段はバラエティではしゃいでいるタレント司会者がカメラから目線を外しレポーターの名前を呼んだ

「藤木さん、5年前の事件というのはどういった事件なんですか」

大きなモニターの横に立つ男性リポーターがテレビ画面に現れた。モニターには既に今回の事件の概要が映し出されている

「その前に今回の事件をおさらいしてみましょう」

藤木リポーターは今回の事件の概要を説明した後、5年前の事件について話し始めた。モニターには既に5年前の事件の概要が映し出されていた

「5年前の事件とは、S県T市で起こった強盗殺人事件です。犯人は窃盗目的で侵入した民家で金品を物色中に鉢合わせた住人山田悠太郎さん、妻の幸子さん、そして幼い子ども二人を殺害、その後逃走した事件ですが、当時証券会社の営業マンだったIさんが被害者宅に出入りしていたという目撃証言と、凶器となった山田さん宅にあったトロフィーから指紋が検出されたことから、警察はIさんを逮捕したました。このIさんは終始事件への関与を否定していましたが、事件のあった時間にアリバイがなかったこともあり起訴され、電脳裁判で死刑が確定しました」

この事件のことは忘れもしない。当時は逮捕されただけで名前と顔を晒し容疑者呼ばわりしていたのに、いまじゃイニシャルに”さん”づけして放送している

ここで、タレント司会者がコメンテーターに話を振った

「さて小林さん、ここまでの話を聞いてみてどうですか」

画面には禿頭のメガネを掛けた中年の男性が映し出された。テロップの肩書には法学者とある

「はい。この5年前の事件ですが、実は日本で初めてAIが判決を下した事件なんですね。2030年の司法改革で裁判は全てAIが執り行うことになりましたが、その第一号裁判がこの事件なんです」

「初めての電脳裁判で死刑判決が出たと当時世間を騒がせましたね。そもそも、なんで日本はAIが裁判を行うようになったんですか」

「日本の刑事裁判では、これまでの判決を元に相場を決めて判決を出していました。つまり事件の内容がどれだけ残虐な行為であったとしても被害者が一人の場合は死刑にできないなどです。2000年台前半にあまりにも裁判の内容が国民感情と乖離しているということで満を持して裁判員裁判を始めましたが、結局これも裁判官が裁判員を相場の範囲内で量刑を決めるように促したり、被告が控訴して二審で量刑が軽くなったりと、これでは裁判員裁判の意味がなく一審はただの茶番だと非難が出ました」

機械的に判決を出すだけならAIが裁判をしてもいいじゃないかということですね。にしてもですね、今回の事件をきっかけにAIが冤罪を生み出した可能性があるということですが、そんなことってあり得るんですかね」

タレント司会者は再度疑問を投げかけた

「あり得ますね」

「あり得る?それはなぜですか」

「AIがなにを元に判決を下しているか。これは過去の裁判の記録を学習してそれを元に判決を下しています。AIが行う裁判、いわゆる電脳裁判が始まる前の刑事裁判の有罪率はなんと99%です。容疑者として逮捕され起訴されればほぼ100%の確率で有罪になってしまいます。当時は警察が自白の強要を迫り、それに耐えられなかった無実の人が罪を認めたり、起訴するにあたり不利になりそうな証拠は隠蔽したりと違法な手段で捜査や取り調べが行われてきた事件もあります。裁判官もそれを見抜けず有罪判決を出しています。したがって誤ったデータを元に判決を出している以上、AIが冤罪を生み出すことは十分有りえます」

「小林さん、今後AIが冤罪を生み出すことを防ぐ手立てはありますか」

「電脳裁判になってから三審制度がなくなりましたから、被告が意義を申し出た場合、AIが下した判決が正しかったのかを確認する機関が必要かと思います」

「ありがとうございました」

タレント司会者はコメンテーターに頭を下げた

ここで女子アナが次のニュースの原稿を読み始めた。なんでも都内の動物園でパンダの赤ちゃんが生まれたらしい

 私はテレビを消し、仏壇まで歩み寄ると遺影に向かって手を合わせた。閉じた瞼から一粒の涙がこぼれた