けんぞーのショートショート

けんぞー作のショートショートを掲載します

ボク ノ カノジョ ハ アイドル

ソウカ公園の中にある噴水の前で僕らは待ち合わせた。時間は午後1時すこし前。少し早く着いたようだ。カノジョはまだ到着していないらしい

しばらく待っていると

「お待たせ。来てくれてありがとう」

僕の目の前に一人の女の子が現れた

冬のこの時期らしく、白いコートに、チェックのロングスカート、そしてマフラーにもふもふの耳あて。ちょっと丸顔で幼さが残る顔をしていて、黒髪のショートボブがよく似合う

こうやって待ち合わせてデートをするなんて夢のようだ。その相手が、僕の推しメンならなおさら

 

すこし前のことだ。ナツハバラ発のアイドルグループ『JPガールズ』の新曲のリリイベ。購入者特典はいまはもう当たり前になった握手券だ。地下アイドル時代から応援し続けていたが、いまは武道館を埋めるほどの売れっ子アイドルとなってしまった

ぼくは推しのカノンのブースに並んでいた。昔はそう並ばずとも握手ができたが、今はもうカノジョのファンでいっぱい。センターではないが、人気はうなぎのぼりのようだ

僕の順番が回ってきた

「あー、たっくん!来てくれたんだぁ、うれしい!」

ちなみにたっくんとは僕のことだ。卓也だからたっくん

「も、も、もちろん会いに来たよ。そ、そ、それにしてもす、すごい人だね」僕は吃りながら答えた

「来てくれてありがとう。私うれしい」

僕の言葉は目の前のカノンに通じたようだ

最近は昔のようにライブ会場で毎週会うことができなくなってしまった。今日の握手会はお互い久々の顔合わせだ

「新曲、よ、よかったよ」

「ほんと?ありがとう。私も大好きな曲なんだよ」

「さ、最近前みたいに会えないけど、お、お、応援してるよ」

「ホントそうだよね。私もファンのみんなに会えなくなっちゃって寂しいんだよ」

すると、さっきまで目を合わせて話していたのに、突然カノンは目を伏せた。そして僕の右手を両手でギュッっと握った。そうだな、話してる暇ないよなとカノジョが握手を急かしてるのだと思った。しかし、手の中には人の手とは違う何かの感触があった

そのまま手を離すとカノンは何かを訴えるような目で僕を見つめた。何があったのか訊こうとしたその時、係員により終了の時間を告げられてしまった

リリイベ会場を後にして僕は手の中にあるそれに目をやった。メモ用紙をちぎったような紙が折りたたまれていた。開いてみると『明日の午後1時、ソウカ公園の噴水の前で待ってて』

僕はこれから始まるであろうカノンとの物語に胸を弾ませた

公園で無事に会うことができた僕とカノンは少し歩きながら話した

「き、き、今日はさ、寒いね」

「そうだね。見て、息が真っ白」

カノンは、はぁっと息を吐いた

「で、でも、いいの、こんなことして」

「こんなことって?」

「だ、だから、その、こうやって二人で歩いて」

「たっくん、私と一緒にいたくないの?」

「い、いや、そんなことはないよ」

「じゃぁ、いいじゃん。今日はいっぱいお話しよ」

コミュ障ですこし吃りながら話す僕の言葉を目の前のカノンは全て認識して、満面の笑みで言葉を返してくれた。まるで恋人のようだ。こんなにもたくさん女の子と話すのは初めてだ

5分ほど歩いたところでカノンが足を止めた

「ここ。可愛いでしょ。前から来たかったんだ」

目の前にはおしゃれなカフェ。僕一人なら決して来ないような店だ

中に入ってウェイターに案内されるままに席につき、カノンは紅茶とパンケーキを注文した。僕はなにを頼めばいいか分からなかったので、カノンと同じものを注文した。ウエイターに僕の言葉は届いたのだろうか。そそくさと行ってしまった。

しばらくすると紅茶とパンケーキがテーブルに運ばれてきた。カノンはナイフとフォークを上手に使いパンケーキを頬張った。そして「ん~」とかわいい声ともいえない声を出し美味さを表現した。ぼくは改めてカノンの可愛さに心を奪われてしまった

パンケーキを食べながら、カノンはたくさんの話をしてくれた。レッスンが辛いこと、思った通りのパフォーマンスを発揮できないこと、そんな時はいつも僕の顔が浮かんでくること、僕は嬉しくなった。こんなにもカノジョが僕のことを想っていてくれたなんて

小一時間ほどたっただろうか。食べ終わり店を出ると、僕らはもと来た道をとぼとぼと歩いた

ふとカノジョが腕を絡ませてきた

「今日は楽しかった。来てくれないんじゃないかと思ったよ。ねぇ迷惑じゃなかった?」

「そ、そんなことないよ。ぼ、僕も楽しかった」

僕は心からそう答えた

気づくと待ち合わせ場所のソウカ公園だった。公園には誰もいない

「あのね、聞いて欲しいことがあるんだ。わたしね、たっくんのことが好き。私と付き合ってくれませんか」

僕は興奮の絶頂に達した

「だ、だめだよ、僕なんかじゃ…」

「わたしもこと嫌い?」

「き、嫌いじゃないよ。大好きだよ!」

「じゃぁ、わたしと付き合ってくれますか」

ぼくは心臓が飛び出そうになるのを必死に堪えて、こくりと頷いた

その動作を合図にしたかのように、カノジョは目を瞑って唇を突き出した

僕が興奮と緊張がない交ぜになった感情を抱えながら、顔が徐々にカノンの顔に近づいたその時、目の前が真っ暗になった

「な、な、なんなんだよ一体!せ、せ、せっかく良いところだったのに!!」

僕は両手を掲げて、頭に装着しているヘッドマウントディスプレイを外した。ゲーム機本体のアダプタがコンセントから抜けている

「なんだよ、もう!」

僕はアダプタを挿し直し、ゲーム機の電源を入れ、再度ヘッドマウントディスプレイを装着した。起動音と共に目の前には『JPガールズ 妄想ヴァーチャルデート』のポップでカラフルな文字が踊った